
| 軍隊の生活 (その1):入営 |
(平成13年12月25日)
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戦前の日本には「兵役(へいえき)」の義務があり、20才になった男子は原則として誰もが「徴兵検査」を受けねばならなかった。 4〜5月頃に徴兵検査の通知が届けられた。 検査内容は、身体検査や体力測定で、これに合格すると、翌年1月10日に配属先部隊に出頭し、入営した。 |
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「徴兵検査」に合格すると、陸軍は2年間、海軍は3年間の兵営生活を送ることになる。
家の周りには「祝○○君入営」の幟がはためき、近所の人達は「万歳!万歳!」の大合唱で送り出してくれた。 そうした万歳の声に送られて郷里からやってきた若者達は、この営門の前で家族・親族・友人達の見送りと別れなければならない。 |
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営門をくぐって営庭に入り、受付で各中隊に配属される。 そして私服のまま中隊ごとに整列し、中隊人事掛の特務曹長(のち准尉)の点呼を受ける。 その後、兵舎内で身体検査を受ける。 この検査で不合格になる者は滅多にいないが、もし不合格になると、「即日帰郷」を命じられる。 不合格になった者は、郷里を盛大に送り出されている立場上、家族や近所の人達に何を言われるかと憂鬱になりながら営門を後にしたという。 |
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その後、これから生活する場となる「内務班」へ案内され、そこで軍帽や軍衣袴等の支給を受ける。私服は家族が持って帰るか郵便で送り返された。兵営では、最小限の日用品や、眼鏡、時計等しか私物の所持は認められていなかったためである。 初年兵はここで古兵から軍服等を受領するが、ぴったりと合うサイズのものはなかなか無く、「体を軍服に合わせろ。」等と言われながら、帽子の被り方、靴の履き方、起床から食事、就寝までの軍隊生活の手ほどきを受ける。 |
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軍服の支給が終わった頃に、内務班内で昼食の時間となる。初めての兵食は、赤飯・魚の尾頭付き・味噌汁といったものである。
昼食後、午後は兵舎の中で宣誓式が行われる。中隊長が奉読する「軍人勅諭」に続き中隊長の訓示があり、その後中隊の幹部(将校・下士官)達の紹介がある。そして、軍規に違反しないことを中隊長に宣誓し、署名捺印する。 中隊とは、約200名の部隊単位であり、戦時・演習時には約40〜50名の小隊で編成された。中隊長は、大尉か古参の中尉である。 小隊の下には分隊があり、これが戦闘の際の最小単位となる。内務班の1部屋がこの分隊に当たる。 なお、数個中隊で1個大隊(約800名)、3〜4個大隊で1個連隊(約2000名)を編成していた。 大隊長は少佐、連隊長は大佐である。 |
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宣誓式を終えると、初年兵は帯剣して営庭に整列、武装した古兵とともに軍人勅諭の奉読、軍旗への敬礼をおこない、入隊式が行われる。 この時初めてラッパの吹奏を聴く。 |
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その後、しばらく休憩があり、夕食となる。 夜になると、身の回りの整理をし、点呼前の清掃がある。 20時30分には日夕(にっせき)点呼がある。 点呼は日朝(にっちょう)点呼と日夕点呼の2回で、内務班長(通常、軍曹)が週番将校に異状の有無を報告する。 |
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日夕点呼が済むと、初年兵は初めて兵舎の寝台に寝ることになる。
寝具の作り方は自分の右隣に眠る古兵(「戦友」と呼ばれた)から教えてもらった。 当時はまだベッドのある家は稀であったから、なかなか寝付けなかったり、転げ落ちたりする者も多かったという。 |